『新編忠臣蔵(二)』 吉川英治 吉川英治歴史時代文庫

 江戸の機微に通じた世渡りの上手い吉良と、質実剛健を旨とし融通の利かない困ったチャンな浅野内匠頭との確執を一巻では描き、この二巻では大石内蔵助は亡き殿への復讐心から吉良邸へ討ち入りするのではなく、ただただ人間よりも犬の方が大切にされる今の幕府政治に不満を抱くからこそ、浅野内匠頭のような融通の利かない頑固者のやり方にも一理はあったのだということを世間に訴えるために、大石は赤穂藩に喧嘩を売るんですよと、そういう風にこの作品では描かれている。
 勧善懲悪な物語ではなく、水と油のように相容れない理念をもつ人々との対立を描いたこの吉川版忠臣蔵。家臣たちを欺き続ける大石の韜晦ぶりや、吉良邸への華々しい討ち入り等々(ただし藩士切腹場面はあっさりとしている。そこをもっとネットリと描いてほしかった)、この作品は押さえる所はきっちりと押さえている。しかし、そういった場面よりも、磯貝十郎左という若々しい武士の遺品から荒々しく闘う武士には似つかわしくない琴の爪が零れ落ち、「これが本当のもののふの恋というものか」と後世の人が感嘆したというエピソード、これが最も素晴らしい。二巻丸ごと野郎の話につき合わされるものの、最後に恋の話で締められるので、汗臭さが緩和される。