『鬼平犯科帳(一)』 池波正太郎 文春文庫

 火付盗賊改方として盗人たちには“鬼の平蔵”と恐れられる長谷川平蔵の活躍を描いた短編集。
 この作品が第1話「唖の十蔵」を読めばよく分かる。江戸を荒らし回る「野槌の弥平」という盗賊一味を退治した後、盗賊の子と知って誰も引き取ろうとしないお順という幼子が残された。みるにみかねて長谷川平蔵はその幼子を引き取ろうとする。そのときに「おれも妾腹の上に、母親の顔も知らぬ男ゆえなあ……」と鬼平は呟く。これが良い。実に良い。この時点で読者は、鬼平が盗賊連中には厳しい尋問をする激しい一面をもつが、その一方で、人情を知り尽くした男だというのがよくわかる。一話を読んだだけで、読者は鬼平に惚れるんですよ。休む暇なく頁を繰ってしまう。恐ろしい、池波正太郎は実に恐ろしい。