『帰去来殺人事件』 山田風太郎 出版芸術社

  • 『チンプン館の殺人』…ちょっと違法な香りがする、が、それでいて憎むことの出来ない陽気なお医者さん・茨木歓喜先生の登場作。少し泣ける(しかし、どこか歪んだ)人情話、派手な(しかし、効果抜群の)トリック、愛すべき歓喜先生のキャラクターと、本短編集の特徴が良く表れた作品。
  • 『抱擁殺人』…『チンプン館の殺人』の「な、な、泣けるじゃァねえか!」といい、『帰去来殺人事件』の「――人殺しごっこはもうこりごりさ――」といい、この短編集に収められている作品は、どれも最後の一言が印象的なのだが、この作品のやつが一番心に残った。半太郎の「お嬢様に、俺は何もしなかった。しなかったとも……」と言う独白は、大切な物なんて何一つとしてない私の心をガシガシと揺さぶる。
  • 『西条家の通り魔』…自作自演の誘拐なんてのはミステリではよくあるが、それをここまでひねるとは。歓喜先生の力強い悲痛な叫び「他者の子を省みない母性愛なんてのは人類最大の悪だ」が良いですな。人間がもつ業みたいなもんがでていて。
  • 『女狩り』…無駄にエロイね、コレ。特に中盤で歌われる「男と女子と まめんちょ あんまり ちょうして 泣かせなよ」とか、歌詞の意味がよく分からないんだが、とにかくエロイ。
  • 『お女郎村』…凶器の見せ方が上手い。いや、これは魅せ方と書いたほうが良いかもしれない。これほど露骨に、それも自然に凶器を作品内に登場させるとは。ハラショー。
  • 『怪盗七面相』…この短編集の中で一番好き。皮肉なオチがいい。山田風太郎の皮肉は虚無的ではなく、どこかしら可愛らしいから好きだ。風太郎はなんだかんだいって人間讃歌な気があるよね。それがいい。
  • 『落日殺人事件』…コレは動機が良いね。奥さんが自分のことを信用してくれなかったのがたまらなく悔しい、という動機で人を殺す人間の話。
  • 『帰去来殺人事件』…《目の見えない被害者が何故犯人は「ちんばだ」と断言できたのか》を巡る謎が楽しい一本。読者の思い込みを徹底的に利用した作者の手腕が冴える冴える。この作品の豪快なアリバイトリックは医療関係とかに携わった経験が無いと、なかなか思いつかないだろうね。


 以上8作品、全て基本構造は同じだけれども、見せ方のバラエティに富んでいたので楽しめました。んじゃ、次は歓喜先生の長編である『十三角関係』に手を出そうかな。でも地元に置いていないんだよなあ、廣済堂文庫。