『鈍い球音』 天藤真 創元推理文庫

 トレードマークの虎ひげを残して消えたプロ野球監督、服だけを残して消えたヘッドコーチ、かつらと靴だけを残して消えた監督の娘など、次々と失踪する球界関係者と日本シリーズに関する黒い噂を扱った野球ミステリ。
 最初は東京タワーでわずか2,3分の時間を利用して虎ひげだけを残して失踪する人間という、ミステリの部分も充分面白いんだが、読んでいくうちに失踪事件の方はだんだんどうでもよくなっていき、「東京」と「大阪」どっちが勝つのかという野球の試合の方に興味がいってしまう。しかし、日本シリーズに決着がついたあとに判明するラストの衝撃の事実を読んだときは「天藤真と出会えてよかったなあ」と思ってしまった。ラストの人間模様がホントに素晴らしい。野球に興味が無くても、グッと来るものがある。
 天藤真の最大の魅力は、彼の作品が60年代、70年代に執筆されたモノが大半なのに、21世紀の今読んでも全く古びていないということだろう。天藤真よりも若い80年代の作家の作品を読んで「古臭えなあ」と思うことはあっても、天藤真の作品だとそういうことはない。